障害者と健常者の共生社会に向けて

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催・高齢化社会・こころのバリアフリーの学校教育における義務化などで、社会が障害者と健常者との共生社会を目指す動きが出てきました。

 

しかし、日本における共生社会は未だ前途多難な部分があります。残念ながら障害者と健常者との溝が埋まっていないのが、現実なのかもしれません。確かに、身近に障害者のいない環境が多いのかもしれません。

 

だからこそなかなか障害者への理解が高まらないのではないでしょうか?もちろん、今後日本が目指していく道は、障害があるなしに関わらず、お互いに気軽にコミュニケーションができる関係、つまり共生できる社会です。

障害者に対する社会が変わったのは乙武さんの登場が大きい

私は第二次ベビーブームの世代で、SMAPの中居くんやキムタク、マツコ・デラックスなどと同い年です。その世代において小学校・中学校に車椅子を利用しているような生徒はいませんでした。

 

もちろん今と違って学校にはエレベーターもなく、トイレですら階段の踊り場にあるような古い校舎でした。そうなるとハード面で対応できていない学校に通うことは想像がつきませんでした。そのまま学校を卒業して社会人になっても、車椅子を利用している方との接点は一切なかったですね。

 

恥ずかしいことに、自分が働いていた職場(農産売場)のすぐそばに身障者用トイレがあったことも、自分が車椅子生活になって初めて知ったくらいです。お客さまにも車椅子を利用されていたような記憶はありませんでした。

 

私自身が上記のような状況であったため、一般の方が車椅子を利用している方を知らないのもおかしくありません。その原因はいろいろと書籍を読んでいて、初めて知る事実がありました。

 

今から30年位前は、国の制度もしっかり構築されてきていなかったので、障害を負った場合は自宅にこもりっきりだったようです。特に家族に障害があったら、外に出さないというような時代があったと聞きました。だからこそ、世の中に障害を持っている人を見かける機会がなかったことも考えられます。

 

私の友人は、両親が一般の健常者と同じように過ごすよう教えてくれたことをとても感謝しておりました。だから一般の学校に通うこともできたと言っていました。ただ当時の学校からは「何かあったら責任がとれないから難しい」と厳しい言葉を突き付けられたそうです。でも両親はあきらめなかったから今の自分があるとの事。

 

障害があることで腫れ物に触るような時代が長く続きましたが、その時代を変えたのはまぎれもなく「乙武さんの登場」でした。乙武さんの著書「五体不満足」の大ヒットによって、世の中が少しずつ障害のある人に対しての目が変わっていったと言われています。

 

その他には、今のような自走の車椅子が少なかったことも影響していると思います。発展途上国では、現在日本で乗っているような車椅子ではなく、リアカーのような車椅子を見かけたことがあります。舗装道路の整備も今ほどではなかったならば車椅子の利用できる環境ではなかったのかもしれません。

「車椅子を利用している人=○○」とイメージしてしまう社会

サラリーマン生活を引退して、この3ヶ月が経ちましたが、サラリーマン時代ではありえないような人のつながりがものすごく増えています。その中で感じるのが、今まで車椅子を利用している人と話したのが初めてという人に結構会います。

 

最近では、車椅子を利用している人が路上やショッピングモールなどでよく見かける世の中になっていても、なかなか気が付かないというのが実態です。そうなるとイメージだけが先行して「車椅子を利用している人=○○」と決めつけてしまうことが多いようです。これは属性のバイアスがかかってしまいます。

 

例えば一般的に車椅子利用者がパチンコ屋に行っている姿は想像できないようです。でも実際には車椅子利用者でもパチンコ屋に行っている人はいるでしょう。人はついつい自分なりのイメージを作り上げて、固定概念を作り上げてしまいがちです。

 

先日、友人から「車椅子でも入れるライブハウスを探しているのですが知っていますか?」と質問を受けました。私が20年間、車椅子生活をしている中で、ほとんど見かけたことがないという状況です。

 

「車椅子を利用している人=音楽」は、老人ホームなどで誰でもできる音楽をしているイメージが想像できるでしょう。でも「車椅子を利用している人=ライブ」というイメージは想像がつかないと思いますが、ライブで流れるロックなどが好きな人はいるはずです。

 

あるフォーラムで専門家の話でもありましたが、「車椅子を利用している人=善人」というイメージをしてしまう中で、実際は一般の人と同じく「車椅子を利用している人=善人とは限らない」とおっしゃっていました。

 

今後は車椅子利用者が増える可能性がある中で、今までの固定概念を打ち破っていくことによって、誰も今まで手をつけていないビジネスが誕生しそうな気がします。「車椅子でも入れるライブハウス」というフレーズは、日本で数少ないスポットとして紹介されることで、ライブ好きな車椅子利用者だけでなく、その家族も訪れるようになっていき、ニッチながらも人気が出る可能性も秘めています。

 

これからの未来は今までありそうでなかったものが、まだまだ多く隠されているはずです。固定概念を打ち破る発想のできた人こそが、ビジネスの成功につながるのではないかと思っております。

車椅子を利用している人との接触がないから想像できない

私は最近いろいろな活動をしていると「車椅子利用者と話したことがない」という人が多いのが現状です。だから「車椅子だから〇〇」といったバイアスが余計にかかってしまうと思っております。

 

当然、自分の家族・友人・知人などにいなければ、話す機会がないのかもしれませんが、街中には障害をお持ちの方や高齢者で車椅子を利用されている方など結構いるものです。また50人以上の企業で法定雇用率を達成している企業であれば障害者は1名以上はいるはずです。(法定雇用率2.0%)

 

でもその人と話したことがないというのをよく聞きます。いろんな人とコミュニケーションを深めていくことで、自分自身には見えなかった知識や体験がより一層磨きがかかると思っております。健常者と一緒に触れあっていくことが、障害者と健常者との垣根をなくして、共生社会になると思っております。

 

まずはいろんな人がいることを知ることが差別のない社会になっていくと思っております。長年車椅子生活をしていると建物のどこにエレベーターがあるか探します。エスカレーターや階段はすぐに分かるところにあってもエレベーターはなかなか見つかりません。

 

ポイントは車椅子の目線からどうしたら分かりやすいか検証する必要があると思います。あともう一つ大事なことですが、障害者側にも課題があります。残念ながら手助けをしていただいた時に、嫌がったり、怒り出す人がいます。これがトラウマになる健常者の方がいます。

 

また対応したら嫌がられるのではないか?というものです。そうなるとますますコミュニケーションが取りにくくなります。先日は脳性麻痺をお持ちの障害者の方がおっしゃっていましたが、自分が拒否した場合には「悪くは思わないでくださいね」と伝えると言っていました。

 

やはりお断りをすると、相手は気分を害されたと誤解してしまうことが多いようです。親切にしていただいた人に、絶対に失礼な対応はしたくないと申していました。やはり大事なのはお互いに「謙虚であること」「感謝すること」です。これこそが次につながるのであり、困っていれば誰もが助ける環境になるはずだと思います。

 

今後は高齢化社会や2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催などバリフリー化は一段と進んでいく社会環境に変わっていくはずです。でもハード面だけが整備されても万全ではありません。重要なのはこころのバリアフリーです。

 

障害者と健常者との共生社会を通して、コミュニケーションをとれる関係になることです。ただ確実に言えることは、困っている人を手助けすることも大切ですが、困っている事に気づく社会だと思っております。

 

困っている事に気がついてフォローしてあげることは、自分の幸せにつながります。それは「人から感謝される」ということです。感謝されればどんな人でも嬉しいはずです。自分が幸せになるために手助けするというような発想の転換をしていけば、もっとお互いが共生できる社会になると思います。

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