本当のバリアフリーは障害の有無に関わらず自然にとらえること

2018.03.10 (土)

バリアフリースタイル代表の白倉です。あらゆる場面で障害をもった人が生活をしている中で、どうしても「障害者=特別な存在」と見てしまう人が未だに多い状況です。しかしそう思ってしまうことが続くと、なかなか気軽に接することができなくなってしまいがちです。今後は超高齢化社会に伴い、障害者だけでなく高齢者も車椅子に乗った人が多くなります。そういったときにいかに自然にとらえることができるかが大きなカギを握るでしょう。

視覚障害あるあるをうまく笑いに変えてもタブーとされる社会

先日のR-1グランプリでは、視覚障害者の濱田祐太郎さんが優勝されました。ネタは視覚障害あるあるを笑いにされていて、「字が見えないのに黒板がどこの教室にもあるにもかかわらずチョークや黒板消しが置いていない」とか「体育館で前へならえのときに前の人との距離感がわかりにくいいことで、後ろの人の手が自分の肩甲骨に突き刺さるようで痛い思いをした」とか私にとっては自然に笑えるようなものでした。意外と当事者以外の人には気づかないような内容だったことや濱田さんのキャラクターもおもしろくて素敵な漫談でした。

 

これは太っている芸人が太っていることをネタにしたり、髪が少なくなっている芸人がハゲていることをネタにするのとさほど変わらないもののように感じました。しかしあるテレビ局の街頭インタビューでは、「笑えない」「笑ってはいけない」「笑うと同じ病気を抱えている方やご家族に失礼だ」というようなことを言っている人が多かったのも事実です。

 

ネガティブな意見があることも人の価値観の違いなのでやむをえないのかもしれませんが、なぜ太っていることやハゲていることをネタにするのは良しとして、障害者に対してはタブーと見てしまうのかが日本におけるとても残念なところです。どうしても「障害者=かわいそう」のような見方が根付いてしまっているのが実態です。

 

今回の濱田さんの視覚障害者あるあるは、私のような車椅子利用者においても同様で、車椅子生活をしていると車椅子あるあるは多く起こっています。それは当事者以外の人には分からないようなことがたくさんあり、そういったことをいかに多くの人たちに知っていただくことで、少しでも関心をもってもらいたいと思っております。

 

「障害者=特別な存在・かわいそう」という見方が邪魔をする

残念ながら日本における共生社会において遅れている原因は、「障害者=特別な存在」と見てしまうことではないでしょうか?一般的な身近な部分から考えると、視力が落ちてきたからコンタクトレンズや眼鏡をしている人に対してかわいそうだとは思わないはずです。また本人の立場からもかわいそうな人だと思われたくないはずです。でも車椅子を利用している人に対しては、かわいそうだと思ってしまう人が多くなってしまいます。

 

車椅子利用者においても、病気やけがで車椅子という道具に乗っているだけであり、普通にコミュニケーションをとれる存在です。視覚障害者においても、それ以外の障害者においても同様な存在です。だからこそ普通に接していいわけであって、既成概念を取り除くことからまずはスタートしてみてはいかがでしょうか?それが相手の立場を考えた行動になり、本当のバリアフリーになるでしょう。

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