障害があっても一般社会に何気なく溶け込めること

2018.04.22 (日)

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バリアフリースタイル代表の白倉です。こないだは、たまたまNHKのホームページを見て、NHKのど自慢の茨城大会の開催が3月末にあったので、初めて申し込んだところ、当選ハガキが到着し、予選会に行ったら、本選出場が決まり、自分の歌っている姿が全国47都道府県、世界130か国に放送されました。今回は、障害者とか車椅子利用者とかを考えたときに、いかに特別な存在ではなく、普通に実生活に溶け込むことができるかを考えてみたいと思いました。それが日常生活においても、サービス業などにおいても必要なことではないかと思っております。

NHKのど自慢に出場を決めたある人の一言

私が今回出場したのは、先ほど述べたように軽いノリで応募したことがきっかけなのですが、予選会出場の当選ハガキが到着したときには「行くのはやめようか」と思ったくらいです。なぜなら出場するかもしれないと思うようになると、ステージで手を叩いたり、音頭をとったりするのは、恥ずかしいという気持ちが湧いてきました。

 

でもある人からの一言で気持ちが変わりました。「車椅子利用者として公の場面にドンドン出た方がいい。それが共生社会につながる。」と。そう言ってくれたのは、同じ車椅子ユーザーの友人で、いつも私の相談相手になってくれるAさんでした。Aさんは70歳近い女性で、若いころから会社を経営していた経験をお持ちの方です。自分が車椅子生活になっても、いつもアクティブで今でもいろいろな活動をされています。

 

私はこのAさんに言われたことで、考え直して予選会に参加することに決めました。今まで車椅子利用者がNHKのど自慢で歌っているような様子を目撃したことがないことから、逆に車椅子利用者であっても普通に出場することがあってもいいと考えるようになりました。運よく本選出場が決まりましたが、NHKのスタッフの方々は、普通に接して下さったことで、私も気軽な気持ちで出場することができました。

テレビ番組に何気なく障害者が出演している光景

車椅子に乗っているというのは、一般の人からするとどうしても特別な存在に見えるのかもしれません。でも私としては、そういった存在ではなく、普通に車椅子利用者が存在しているような社会にしていきたいと思っています。例えば、テレビの旅番組や食べ歩き番組などにおいても、車椅子利用者が何気なく登場して、他の出演者との間に溶け込んでいるような感じが理想です。

 

そのような光景を見ている視聴者も車椅子に乗っているかどうかは、あまり意識しなくなるのではないでしょうか?しかも車椅子利用者やそのご家族にとっても、「このお店は車椅子でも行ける」といった有益な情報にもつながるでしょう。超高齢化社会において車椅子利用者が増えていく中では、きっとニーズのある番組になるのかもしれません。

 

逆に従来のテレビ番組のように福祉色を強く出すと、「車椅子に乗っている人=かわいそう・特別な存在・頑張っている」という構図になってしまうのかもしれません。そのため先日のR-1グランプリ2018で優勝された濱田祐太郎さんの芸においても、一般視聴者が「視覚障害者あるある」を何気なく見れるようになる社会が望ましいと思っています。

障害の有無に関わらず一般社会に溶け込める社会

残念ながら濱田さんが優勝された後に、某テレビ局の街頭インタビューでは、「あのような芸は笑えない」「他の障害者に失礼」という声がありました。濱田さんは単に視覚障害者あるあるを笑いに変えただけであり、誰かを誹謗中傷したわけでもありません。でも未だ「特別な存在」として障害者を見てしまう傾向にあるのが、現在の日本社会で遅れている部分なのかもしれません。

 

もちろん人の価値観なので良し悪しは言えませんが、障害の有無に関わらず普通に何気なく一般社会に溶け込めるような環境になっていくことを願っております。それが当事者とのコミュニケーションにつながり、冒頭にも述べた日常生活においても、サービス業などにおいても必要なことであり、それができるかどうかによって大きく変わっていくでしょう。

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